【決定版】ハーバード流”NO”と言わせない交渉術 #007
アメリカ人は交渉が下手だ。本書を読めば、そう感じるだろう。彼らはエリートだなんだといっても、決定的に日本人に劣る部分がある。それこそが協調性である。敢えて「劣る」と書いたのは、本書は協調こそすべて。相手に歩み寄れば、相手もまた歩み寄る。態度を軟化させれば、相手の心も解きほぐせると説いているためだ。
こんな話を聞いたことはないだろうか。「アメリカ人は頭を下げない」という話である。ペコペコする日本人はダメだとビジネスパーソンだかメンターだかいう人種が講演して回っているが、ペコペコしなければどうなるかはお察しの通り。決定的な対立になる。だからこそ日本人は互いにすり寄っていくのであるが、アメリカは流石の訴訟大国。絶対に謝りはしないのだ。夫婦間でも親でも殺されたのか?というような夫婦ゲンカをする。自己主張できる人間になろう!などとバブル期は持てはやされ、少し前まで個性の教育が掲げられたが、その先にあるのは絶えることのない紛争である。
本書では、協調しなさい。さすれば道は開かれるなどと述べられ、それがハーバードのエリートのテクニックであるとされているが、そんなものは日本人なら最低限身につけているもので、アメリカが交渉後進国などとどの口が……と、開いた口が塞がらなくなる思いだ。協調を掲げ、ペコペコするのを見越してタカりにくる連中、強硬な態度をとる連中をどうすればいいのか知りたいのだが、本書ではそういう人間はいないことになっている。アメリカは直情的な人間しか生まれてこないのだろうか。
このほかの交渉術としては、日本的にいえば「おべんちゃらをこく」が挙げられている。あなたのいうことはごもっとも!この分野にかけては世界一!いよっ大統領!!みたいな世界のことである。日本のビジネスシーンにおいて、こんなものが通じるわけがない(上司や取引先の接待ゴルフではやっておこう)。ますます相手がつけあがるか、ブチギレておしまいだ。
そもそも日本ではお互いの目的地を見失って、交渉の場でいがみ合うことは少ない。ヒステリックにまくしたてるような輩は、交渉の場に出されないし、出てきたとしても格下とされたり、悪者とされる。やはりこれは協調性の高い国民性あってこそなのだろう。アメリカではハーバードを出ないとこれが身についていないようだ。メンツにこだわったり、相手をやりこめてきもちよくなりたいという一心で交渉をこじらせる自己主張人間ばかりなのだ。そうでもなければ、こんな本がありがたがられるわけがない。ハーバードだからといってありがたがる必要もないということか。加えて、日本人は案外先進的な存在なようだ。
ところで、本書では解決できない「ペコペコ頭を下げ、協調しにくるのを見越して脅しにかかる取引相手」をどうすればいいのか誰か教えてくれないものか。悩みは深まるばかりである。
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