蝸牛考 #002

文庫, 書評

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『蝸牛考』(柳田国男/岩波書店)

蝸牛考。文化を学ぶ人間であれば、一度は耳にするであろう書籍の名前であるが、実際のところは誰も読んでいない、そんな古典的研究成果集。そもそも蝸牛とはなんぞや?という部分から。

 

蝸牛とは、カタツムリのこと。そして以外と知られていないのが、こいつが陸生の貝類であるということ。得体の知れない何かとしてしか認識されていなかった方も多かったのではないかと思います。得体の知れない何かで終わらせてしまうのは我々一般の人間だけではないようで、学問の世界でも同じ。研究者がそもそも少ないために、寿命も定かではありません。

 

雨の日にブロック塀やコンクリートに集まってくるのは、奴らは殻をつくるためにカルシウムが大量に必要となるためで、ほとんどの方はコンクリートなどを混ぜたりしないでしょうからご存じないかと思いますが、コンクリートは石灰を含んでおり、石灰の主成分はカルシウム。このカルシウムが溶け出すためにカタツムリがよってくるわけです。

 

ここまでカタツムリと書いてまいりましたが、この言葉自体が方言であるということもまた、カタツムリの生態同様にあまり知られておりません。皆さまの地域ではなんと呼ぶのが一般的でしょうか。また、伝統的でしょうか。マイマイやツブリと呼ぶ地域もあるでしょうし、童謡のように、デンデンムシムシ、カタツムリというところもあるでしょう。そういった方言の分布を調べてみると、どうもおかしい。方言とはその地域で自然発生、自然変化した言葉と思っていたわけですが、調べてみると京都を中心に同心円状に広がっているかのように、方言に共通点がみられる部分がある。これは一体どういうことか。このような知的探究心に答えるのが本書の目的であり、柳田先生の仕事ということになります。

 

同心円状に言葉が広がっていき、古い言葉ほど中心地より遠い場所に取り残される。という仮説は、一般に「方言周圏論」と呼ばれ、文化研究の第一歩として教わる学生も多いはずです。実際はこんなに美しく同心円は描かず、他地域との繋がりの強さや、山間部で言葉の変化に取り残される例などもみられるのですが、おおむね以下の図のように同心円を描くとされています。

 

方言周圏論

『ルーズソックス』と『方言周圏論』の意外な関係性についても触れておきたいと思います。方言の伝播がどうのなどと、昔の話だろうと文化研究者の間でも囁かれていましたが、意外なことにルーズソックスの登場により柳田先生の論は現代でも通用することが証明されてしまいました。東京ではとうの昔にいなくなったルーズソックスが、5〜10年遅れで四国や九州に上陸。文化の変遷の遅い縁辺地域では、ルーズソックスが長期間流行し、今なおファッションとして息づいているのです。文化研究=ファッショナブルな最新研究などと思い上がった研究者たちは、温故知新を痛感したことでしょう。

 

さて、かつて痛い目を見たにもかかわらず、今再び「時代的に周圏論は古い」などという身の程知らずも増えてまいりました。情報の伝達にはタイムラグがあります。それが短くなっていったところで、人が処理できる情報量の限界がくれば、少しずつ情報の取得は繰り延べられ、それが新時代のタイムラグとなって、周圏論を指示することになるでしょう。学問の本なので偉そうに、堅苦しくなってしまいましたが、誰もが読める良著です。秋の夜長に腰を据えて読むにはもってこいの本かもしれません。

 

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