近年、新書の出来があまりにも酷い
新書について。最近、といってもかれこれ10年になるので「ひと昔」なんですが、それはそれは酷い。本としての品質が、フルプライス取れない廉価版と呼ぶよりも、本もどきといった体。おそらく、ロクに校閲しておらず、校正レベルなので事実関係も未確認。しかし、世間では紙になっているからと信用され、売れる。本の入口がいつのまにか新書になってしまったが、このままでは入口の時点で退店されかねない。読者に恥じることのない本のため、近年の新書の不出来について語りたい。
2000年以降の新書の構造的問題点
おおまかに新書の問題点を3つ挙げたい。
- 売らんかななものになっている
- 刊行点数維持のための出版が行われる
- 本という文化的、学術的な旧メディアという位置付けの喪失
まず、ひとつめであるが、近年、売れることが重視された結果、何が起きたかといえば、統計的なデータを参考にする出版方式が一般化したということ。つまり、先に大ヒットした本の類型から本を出すドジョウ本が大変に増えた。結果、その研究や開発に打ち込んでいた人の心血を込めた作品というよりも、なんとなくそれっぽい話ができる人や、キャッチーなことを書く人の本が大量に市場に供給され、本を開けばめまいがするほどになった。著者も出版社も責任をとるつもりがないうえに、とらせる仕組みがないものだから何を書いてもいいという状態で、本と呼ぶにはあまりにも不出来。売れればいいという姿勢でつくることになんの疑問もわかない時点で、出版業はもっとも卑賤な仕事と呼ばれてもしかたないと思う。読むことで人をアホにして、損をさせるのだから、フェイクニュースと何が違うのか、と。
次に、本来、文庫や新書といったものを安定的に毎月刊行するのは極めて難しいということを読者にご理解いただきたい。いきなり中小出版社がこういったものを展開させるとなると、最低でも1億円程度の出版、販促予算を構えねばならない。大量の著者と原稿を集め、それを毎月馬車馬のごとく出版する編集者を用意し、書店に専用の棚を確保して、はじめて成るものなのだ。毎月ないしは定期的に出せないというのは恥であり、一度ナントカ新書という枠組み、レーベルを立ち上げたからには、儲からないからサヨウナラとはいえない。書店、取次(問屋)からの信用問題にもなるし、出した本はしっかり在庫し、1番から並ぶ新書のなかに絶版はつくれないのだ。文庫や新書といったレーベルを長く維持し、信頼を勝ち得ていることは出版社としてのステータスであり、財政的な強さと、優秀な著者を持つことの証明でもある。いや、そうであった。近年、ヒット作が新書から出やすくなったことを受けて新書に参入してくる各社は、平気で絶版で穴をあけるし、内容に問題があっても修正も謝罪もしない。とにかく売るためのテクニックとしてしかこれらレーベルを見ていないのである。この傾向はなにも中小出版社に限らない。むしろ、名前を挙げて「そうではない出版社」に当たることの方が少ない。マーケティングといえば立派だが、これはあまりに焼畑的で、信用という点から出版業界全体の地盤沈下を起こしていると強く、強く感じる。
最後に本は古いメディアであるということ。これを理解できていない。電子書籍などといってよろこんでいるが、実態は紙と同じ。そして、ネットと同じなのだ。私は電子書籍の黎明期にブックリーダーの開発や紙の電子書籍化をどう進めるかを担当していたから、新しいものが嫌いで電子書籍を否定しているわけではない。いつかは古いメディアは死んでいくのだろうが、書籍をその独自性も見出さぬままネットに寄せることで、寿命を延ばすどころか、縮めていると感じる。古いメディアといえば、テレビに対するラジオがある。しかし、ラジオは映像という情報が抜け落ちているのにもかかわらず、しぶとく生き残っている。テレビとネットに押されても、ラジオがなんとか生きているのは差別化できているからだ。その差別化というのが、あまり時代に寄せていかないという点であろう。時代におもねる内容にしないことで、売らんかなな番組にうんざりしている特定の層や、対話を大切にしている層に支持されているのである。
最近のテレビはネットから流行りものを見つけて番組作りをしているところが多い。これはウケるのだろうが、こうしてネットを見ることが一般化していけば、もはやテレビなど見る必要がなくなる日がやってくる。コンテンツとして同じものが提供されてしまうのであれば、別にテレビでなくネットでもいいということだ。出版も同様で、ネットで見られるような紙面作りに走り、廉価、安価に走ることで、中身のないもの、怪しいものが跋扈すれば、本自体不要、ネットで事足りるという時代がきかねないし、すでに到来しつつある。
さて、ここまで様々述べてきたが、結局のところ、安く大量に供給するという業務用スーパーのような業態が一般化したのが問題なのだ。業務用スーパーは私も利用するし、大変助かるが、極めて高い品質を求めたときに業務用スーパーで激安見切り品を求めたりはしない。これは職域、商圏が違うのであって、貴賎の問題ではない。本というものは、古くは食い詰めても、借金してでも買うものであって、それだけの価値を持っていた。そういう商売が成り立たなくなったからと、安易に流れた結果が現在なのだ。流れに棹さすことは大変だが、流れ出したらもう止まれない。行き着く先は、無料や過激なタイトルで、信憑性のない情報を撒き散らし、日銭を稼ぐ生活である。
出版という響きに誇りを感じなくなった時点で、出版に携わるべきではない。日々、九時五時で帰る単純作業になった時点で才能として枯れている。すべての出版人に、今一度考え直してもらいたい。このままでは、本の持つ輝きは10年ともたない。
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