阿波の狸ものがたり

雑記

Pocket

私は田舎の生まれで、テレビは四国放送(読売テレビ)とNHK総合、教育しか映らないようなところでしたから、怪奇譚なんてものはそこらじゅうにゴロゴロしております。阿波の金長といえば、小松島市中田(ちゅうでん)町にいまなお巨大な像が祀られる徳島では知らぬ人のいない狸ですが、これに限らず狸にまつ わる話は親類縁者からでも両手に収まらないほどございまして。

8月の蒸し暑い夕暮れ、ひぐらしも泣き止むころあい。男が山向こうの酒屋で一杯引っ掛けて帰ってきていたところ、山と山の間にできた大きな沢を渡す石橋に差し掛かりました。男はやおら切り株に腰掛け、「今日はあかんのう、飲みすぎたわ。橋がふたつに見えよる」とポツリ。目の前にはいつも見慣れた石橋が夕闇にうっすら浮かんで見えます。いつもと違うのはただひとつ。まったく同じものがすぐ隣にあるということだけ__。

 

−解説は不要かと思いますが、狸が石橋に化けていたと。男は一目見たときから狸の仕業と見抜いていたのですが、石橋を渡ろうとしてはやめて狸を やきもきさせ、「まさか狸ではないか」といって狸の動揺を誘ったり「こんな立派な石橋を狸が作れるわけがない」といっては安堵させたり。「狸だったとし てもこれほどのものに化けるのだから、さぞ位の高い狸にちがいない」とおだてたり。その都度、橋の形状が変わっていくのですが、最後は拳ほどもある石をぶ ん投げて、「ひゅう」「いてっ!」「ぽちゃん」。

 

この最後の極悪さが「生の民話」という感じがしますね。童話と違っててごころや優しさがない。「石を投げてぽちゃんといったから逆の石橋を渡りました」ではなく、拳ほどの石をぶん投げて狸ごと沢に叩き込んだわけですから、臭い立つものの存在を感じます。

 

なお、阿波の狸合戦で語られる金長は、人間に命を助けられた過去を持つ狸で、立身出世のためと四国一の狸として知られる六右衛門狸(しかし強盗行 為を行う悪狸)に自らの弟子とともに学ぶことにしました。ところがあまりにも才のある金長を疎ましく思った六右衛門狸は、金長を取り込めないなら殺すよう にと密かに部下に命じます。このことを悟った六右衛門狸の娘、子安姫狸は慕情を寄せていたこともあり金長に一足先に伝えますが、多勢に無勢、ともに学んだ 弟子は討たれ、自らも瀕死となりながら小松島へと帰りつきます。

 

これを受けて怒った小松島の狸が蜂起、元より強盗狸の横暴許すまじと腹に据えかねていた隣県の狸たちも結集し、金長狸の軍勢は巨大化していきま す。一方で子安姫狸は思い人のために父を自らの命をもって咎めんと自刃。子安姫狸の意見を最後まで黙殺していた六右衛門狸は娘が死んだのは金長のせいだと 逆恨みし、四国最大勢力を率いて小松島に攻め入ります。

 

徳島の県庁所在地である徳島市とそのすぐ南に位置する小松島市は勝浦川という二級河川を隔ててわかれているのですが(実際は小松島側を貫流す る)、ここに両軍が布陣し、3日3晩の壮絶な戦が行われ、流域は血で染まったと伝えられます。遠征であることも鑑み、旗色悪しとみた六右衛門軍は本拠地引 き返し、籠城することを決意。今度は難攻不落の城攻めとなった金長軍は大きな損害を出しながらも辛くも勝利をおさめ、小松島市日開野へ凱旋。しかしその時 には金長は絶命寸前の深手を負っており、かつて自らの命を救ってくれた男の元を訪れ、恩返しがまだ済んでいないことを告げ、自らの命が失われても恩返しを させてもらうと言い残したといいます。

 

このようないきさつから、義を尊び、人情に厚い金長を神として崇める信仰がいまなお徳島には残っているというわけです。ときどき他の作品に出てく る金長ですが、大体が義理人情にあつくほだされやすい人間味あふれる狸で、商才がある「浪速の商人」風に描かれます。これはかつて徳島県小松島市は巨大な 貿易港があり、大阪と強い結びつきを持った商いの一大拠点であったこと、金長を助けたのが商いを行っていた男で、この金長の加護のもとで大繁盛したといわ れていることによるのだと思われます。

 

本作品が生まれた背景には、戦記物としてのおもしろさもさることながら、商いをする人間が人として正しいことを行うようにという戒めがあったもの と推察されますね。いい行い、いい商いをすれば儲かる。悪は滅びるし、善は栄える。このようなことを物語のなかに隠したのではないかと思われます。

 

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。