フィッシングコラム

生類憐れみの令と江戸の釣り

生類憐れみの令と江戸の釣り

 

犬公方こと徳川綱吉が生類憐れみの令を出したため、あらゆる動物が野に放たれることになりました。桶の金魚もリリースです。水域にいないコイなんかを連れてきて、水路に放つといった自然保護が行われる昨今。江戸時代と同じことをまだやっているんだから、何百年も前から一向に進歩しないともいえますが、今回はそういうはなしでもありませんから、この手の話題はこの辺にしておきます。

 

江戸前は山手線沿線にあった

 

江戸時代に限らずですが、実は東京湾は大変な釣りスポットでした。とはいえ、江戸が開かれるまでは関東は大河が流れる湿地帯で、井戸を抜けば塩水が出るため、あまり住むには適していませんでした。それを豊臣秀吉に江戸へ飛ばされた家康が開拓し、漁民を移住させ、淡水の流れる水路を整備したことで快適に住める町へと変貌したわけです。また、当時の物流は基本的に陸路で、重量物は水路というのが定番でしたから、荷下ろしのしやすい、つまりは足場のよい、釣りのしやすい堀があちこちにあったんです。

 

千代田区にある外神田周辺、いわゆる秋葉原地域には、神田川の水路を活かした江戸時代からの河岸があり、数十年前までは秋葉原駅のそばから貨物列車が出るという物流拠点でした。その名残が地名にもあり、神田佐久間河岸なんていうのはまったくもってそのままですし、目で見てわかるのは、秋葉原駅南東部の公園のようになっている窪みは、そこまで水路があったからなんですよね。近くにお住いの方はぜひ見てみてはどうでしょうか。(下の画像の木の生えている秋葉原公園は、一段下がって見えます。ここまで堀が引かれていたんです)

 

 

地図で見ればわかりますが、埋め立てが進んでいないころの東京(江戸)の街からすれば、秋葉原は絶好の釣りスポットだったわけです。火除けの神様である神田大明神があるように、なーんにもない低地の原野でしたから。川沿いに糸を垂らせば、様々な魚が掛かったものと思われます。

 

江戸前鮨などという文化が生まれるのも当然といえば当然で、単身赴任の働く男が多かった江戸の町にあって、げんこつほどもあるような赤味がかったシャリに、これまた特大のネタが乗り、1つ、2つつまめば腹一杯というファストフード的要素は大いに受け入れられたんですね。ちなみに赤味がかったシャリというのは、当時の酢飯は赤酢という酒粕から作られた酢を使っていたからで、精米技術も冷凍技術も未発達な時代、濃厚でクセのある赤酢の甘みが糠の臭み消しやネタの保存に一役買っていたようです。

 

厳しい時代にも磨かれた釣りという遊びと余裕

 

素朴な疑問として「生類憐れみの令が出ているのに釣りなんてできるの?」というものが出てきますが、これは割と可能だったといわれております。生類哀れみの令はそもそも、人や動物を大切にしなさい。病人だから捨てちまおう、ケガした馬はもういらねぇ、そんな無体(むたい)を許さない。もっと品性ある行動をとり、治安をよくしましょうという目的でできた法律です。ですから、本当は釣りは殺生でダメだけれど、食うものが減れば領民が飢えてしまう。そうなればますます治安が悪くなるわけで、厳密にやるわけにもいかん、と黙認されていたところもあるようです。

 

ところで、人も動物も大事にといった綱吉は大変な仕事バカだったと公務記録を読んでいるとわかります。将軍様が深夜まで働いているのに部下が「お疲れっす〜」と帰るわけにもいかないので、重鎮、側近が次々に潰れたといわれておりまして、なんというか、組織の在り方、現代の日本人となにも変わらんなあと悲しくなったりもします。バイタリティと使命感にあふれるスーパー社長(将軍様)と、給料(扶持)が欲しいだけの社員(幕臣)の心の乖離といいますか、体力の乖離といいますか。

 

天下泰平江戸の世も、ブラック企業ならぬブラック幕府で保っていたわけです。現代はとかく厳しい、天下泰平の世がうらやましい……などという牧歌的な世界観が粉々に打ち砕かれますね。江戸、明治大正昭和平成とズラズラ並ぶ元号のうち、ラクだった時代なんてほんのわずかだったようです。ガックリです。

 

苦しい時代ほど太公望に熱いまなざしが向けられる

 

さて、いまでこそ大都会となって江戸の釣りなど気軽に楽しめなくなりましたが、東京の釣り文化は太平の世で花開いた大衆文化の傑作です。幕府はブラックですが、大衆文化については、ともすればいまの時代の釣りよりもずっと「粋」といいますか、わかりやすくいえば「遊び心があった」「心から遊べていた」と思える記述が散見されます。

 

数センチのタナゴを釣るために、総アワビ貼りの釣竿をつくるといった遊び心ですね。成金趣味の果てともいわれますが、1尺に足りないような竿をわざわざこしらえて、それをギラギラに加工する。そこには効率などなにもない、極めて豪勢で、大人な遊び心がありました。品性下劣と呼ばれない、ギリギリを攻める粋な遊びです。いまの時代、そういうものは随分と薄れてしまいました。どうしても道具自慢になってしまうし、腕自慢になってしまう。もうちょっと、遊ぶことに注力できはしないかと常々考えておりますが、私自身、ついついドレでコレだけ釣ったという話題に終始しがちで、江戸の遊び心には到底およびもつきません。ここでも何百年も進歩なし。反省しきりです。

 

みなさんも時間があれば、少し昔の釣りについて調べてみてはいかがでしょう。息苦しく、規格化された時代に、あなたの釣りの行くべき道、ひいては人生の道が見えてくるかもしれません。

ちょっと大袈裟でしたかね?

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