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水系の保護と外来生物

水系の生態系が破壊されたと語られると、必ずといっていいほど槍玉に挙げられるのが「ブラックバス」です。フィッシュイーターの特定外来生物ですから、当然生態系を破壊しているわけで、その点については間違いはありません。しかし、私はこのブラックバスがすべての悪の元凶であり、これさえ取り除けば水系が元に戻ると考えるのは、あまりに浅薄ではないかと思うのです。

 

外来魚はほかにもいる

ブラックバスはその顔つきがいかにも生態系の破壊者という風体で、痛めつけてやることで自身の中の正義感が満たされる人も多いようです。しかし、生き物の命を奪うという行為自体殺生であって、ほかの種を根絶やしにするかもしれないから殺してもいいなどということはありえないはずです。私個人としましては、駆除前提の生態系保護を謳う個人や団体に、正義や理性を語って欲しくはありません。どこまで行っても人のエゴであり、エゴで破壊されたものをエゴで治そうとしているにすぎません。そこに人格的、行動的優劣などつけようもないはずです。

 

さて、ブラックバスは北米からやってきた外来種ですが、外来種はほかにもいくらでもいます。皆さんがよく見るコイは大陸系のコイばかりで、日本固有のノゴイはついぞ見かけなくなりました。古い時代のコイの絵などには、丸顔のとぼけたものが多いのですが、これがノゴイ。かつてシーボルト博士がコイとノゴイは別種だと発表したものの認められなかったという過去があるのですが、琵琶湖のコイヘルペスで大量死したのがノゴイと思われる要素を持っているものばかりだったため、これらは別種であるという考え方が広まっているようです。つまり、現在みなさんが思い描くコイは日本固有の種ではない、いわゆるチャイニーズカープだといえそうです。この外来性のコイは極めて強い雑食性で、水生植物に甲殻類、果てはほかの魚の卵も食べてしまううえ、日本のコイやフナとの交雑を起こすといわれます。にもかかわらず、何の知識もない連中が、日本の生態系を守れとブラックバスを殺し、大陸系のコイを放す。結果どうなるかといえば、その水系に大陸系のコイしかいなくなるわけです。

 

コイ類といえばヘラブナもそうです。ヘラブナは人の手が入った魚です。これもほかの水系に持ち込めば、当然外来種。その水系の生態系を乱します。このほか、ソウギョのような用水路に生える藻を食べてくれるからと安易に超大型化する魚を放流し、文字通り(水)草一本も生えない水中の砂漠化を引き起こした水系も数え上げれば枚挙に暇がありません。水草がなければ生きられない生物、種を残せない生物は無数に存在し、水草自体が水系の維持に資するところ大なわけですから、これがなくなれば当然その水系は死に絶えます。ソウギョが増え、ソウギョすら消え、魚の気配がなくなった水系は意外にも身近にあるものです。そこに残飯やイトミミズ、ボウフラを食べて生きられる大陸系のコイ、なかには錦鯉を離して自然を守るという活動もあるようで、ここまで正義というのは無知と無配慮のもとに暴走できるのかと思う次第です。

 

エゴが、正義が、自身の行動を正当化し、どんなに酷いことでもできてしまうのが人間です。そうして盲目的に行動した結果、取り返しのつかない惨事を引き起こしているのが現状です。本当にその施策は水系を守るのか。普段水系を利用しない人間が語る、自然の在り方などは信用に値するのか。我々は冷静に判断しなければならないと思います。

 

水系を破壊するのは魚だけではない

ブラックバスは特定外来生物に指定され、放流すれば極めて重い罪に問われます。また、飼育する際も届け出を行い、許可を得なければなりません。しかし、水系を破壊するのは魚だけとは限らないわけです。皆さんもご存知のアメリカザリガニなどはその代表格です。日本の固有種をほぼ根絶してしまい問題になりましたが、アメリカザリガニを語るとき、日本人は幼いころを思い出し、まるで美談の一風景のようにまとめられます。これはひとえに、ブラックバスは馴染みがなく、アメリカザリガニは馴染みがあるから前者は悪で後者は善という線引きが行われるからではないでしょうか。自分が悪いことをしていたはずがないと思い込む、人間の都合のよさの表れです。アメリカザリガニは種の根絶だけでなく、田んぼの壁を破壊し、用水を破壊し、稲を切り取ってしまうわけで、経済損失を出すのですが、こちらは赦されるわけですね。
※もちろん、農業関係者にとっては許せない存在ですが

 

また、このアメリカザリガニと同様の問題を引き起こしているのがミシシッピアカミミガメです。このカメ、日本人で知らないという人はほぼいないはずです。通称「ミドリガメ」というのがこれにあたります。ミシシッピというだけあってアメリカ原産のカメですが、国内で大繁殖しておりまして、もはや日本のカメの60%強がミシシッピアカミミガメといわれております。彼らは雑食性で、他の魚も甲殻類も水草のみならず稲やレンコンなども食害します。こんな生態系の大破壊者がいまだ国内では野放しで、毎年10万匹以上輸入されているというのですから信じられません。ブラックバスどころの騒ぎではない大問題なのですが、日本では取り締まりが行われていないのです。ペットショップや縁日で簡単に手に入るため身近な存在ですが、体長30〜40cmともなると面倒を見切れず、簡単に逃がす人が後を絶たない。ブラックバスのように特定外来生物とすればいいじゃないか、禁輸すればいいじゃないかといっても、国は動きません。なぜなら、国内で飼われているミシシッピアカミミガメは数百万匹と考えられ、ブラックバスのように飼育に許可と届け出を(並びに厳重な管理環境を用意する)と通達すれば、飼い主が一斉にそこいらの水系に放してしまう恐れがあるためです。しかし、それでも禁輸くらいできるだろうと思うのですが、今の法律では難しいだの、禁輸したところで国内でいくらでも繁殖させられるだのといって、何もしないのが現状です。こうしている間にもカメを飼い、カメを捨てる人はいるわけで、私などは国内のカメがすべてミシシッピアカミミガメになるまで何もしないつもりなのかと歯がゆい思いで見ております。なお、ザリガニが消え、カエルやホタルが減ったのもこのカメのせいだと指摘する方もおられます。天敵がおらず雑食性のため、ブラックバス以上に水系の単純化を招く存在です。

 

それでもすべての責任はバスが負え?

ここからが本題なのですが、これらすべての責任をブラックバスに負わせる人間の実に多いこと。水系が乱れればバスのせい。バスを殺して水系を戻そうとしたものの失敗し、水系の砂漠化や単一化(コイだらけなど)したものもバスのせい。単に人間の生活排水でぶち壊してもバスのせい。自分たちは悪くない、バスとバスを釣る人間が悪い。そうしておくことで、自分を守り、一等高いところに置いておける。実に便利な存在としてブラックバスが扱われているのではないか、と思うのです。こんなことをしていては、水系なぞ守れるはずもありません。環境保護論者や活動家の自尊心を満たすため、自分らしさの発露のための水系保護はもう見飽きました。そしてそれらは、さらなる破壊しか生まないこともよくよくわかりました。今後はこのような安易な活動に対して、ノーをつきつけていかなければならないと私は考えます。

 

当然、よかれと思って活動している人々とは衝突するでしょう。しかし、ブラックバスも食用蛙もアメリカザリガニも、食料(の食料)として「よかれと思って」輸入されたのです。「経済活動」を前にすれば、人間の善意や正義は何の力も持ちません。正しい環境保護の理念はもちろん、たとえそれがブラックバス憎しで凝り固まった正義であったとしても、経済や人間の命に関わる問題とぶつかりあえば、瞬く間に駆逐されてしまうのです。噛み砕いていえば、狂信的な正義感すら、腹が減るの(貧乏や金儲けのこと)には勝てないということです。

 

経済とはなんとも恐ろしいものか。皆さんのまわりもよく見渡してみてください。お金になる魚は大切にされ、されない魚のなんとむごいことか。底引き網漁で大量にかかる雑魚は無駄死にです。そんな漁師たちは、魚は減っていないと声高に叫びます。しかし、約5年、漁獲がほぼなかった福島の海は、大変に豊かな海になりました。やはり、獲り過ぎなのです。でも、やめません。うなぎも、マグロも将来の資源の食いつぶしだと懸命に学者が説いても、聞き入れることはありません。くじらは保護だが、うなぎは食べる。誰もが自分さえよければいい、お金が稼げればいいという経済の魔性にやられているのです。

 

それどころか、漁業関係者が環境保護のために補助金を受け、そこを支援するという名目で大学や研究機関が連なり、漁師にとって不利なことは一切黙殺するわけです。ブラックバスを殺せば国や自治体からお金が出るなら、やらない手はないということです。そして、それが正義で、これからも補助金が流れ込み続けるよう仕向けている。事実かどうかは確認できておりませんけれども、補助金をもらうためには完全に駆逐してはいけないからと手心を加えているという指摘もあります。環境保護とはなんなのか、情けなさばかりが先に立ちます。

 

本当に怖い生き物と、これからについて

冒頭に述べたとおり、ブラックバスは生態系を破壊します。しかし彼らは肉食のフィッシュイーター。食べられる魚や甲殻類がいなくなったら、水草や泥を食めばいいやとはならない。サバンナのライオンがシマウマを絶滅させることがないように、ブラックバスも一時爆発的な増加をすることはあっても、その個体数を維持できないほどに増えることはない生き物なのです。一番恐ろしいのは獰猛な肉食生物ではなく、雑食性であること。繁殖能力が高くとも、環境耐性があろうとも、食べるものがなくなれば増えることはできません。しかし、雑食性であれば、他の肉食、草食の種が絶滅するまで生き延び、増え続けることができるのです。

 

雑食性だからこそ居なくならない生き物がいます。増え続けてきた生き物がいます。私たちもよく知っている生き物です。その生き物を我々は「ヒト」と呼んでいます。ヒトはこの100年で5倍に増えました。こんなに子育てに時間がかかる致命的な動物で、一度に三人産めば新聞が取材にくるほど少産にもかかわらず、これほどの増え方をしたことが、そっくりそのまま雑食性の生き物の恐ろしさを証明しているわけです。いま食料危機がどうのと語られますが、なんでも食べるヒトが絶えるときはすなわち、草木一本生えない砂漠になったときです。我々が身をもって体験している問題を何も考えず水系に投影してはいけません。例えば、水系資源保護を目的に鮎を放す。その鮎はいったいどこの鮎ですか? 琵琶湖でしょうか。ワカサギは? きっと霞ヶ浦ですね。全国にいるワカサギの相当数がもともといない水系に霞ヶ浦からやってきた個体の子孫です。食べるとおいしいですからね。次はシジミですか? まず間違いなく、宍道湖でしょう。魚以外では我々が見ている牛。あれはもう、本当の牛ではありません。原種は江戸時代の初期、約四百年前に絶滅しました。四つ足なのに大きな個体は体高が3mを超え、体長も4m弱。並のクマより大きく、かつ今の牛よりすばやく動くことができたそうです。このオーロックスという種を家畜化したのが肉牛や乳牛です。いうまでもありませんが、牛といわれて思い浮かべる白黒のホルスタイン種は日本固有の牛ではありませんし、沖縄の伝統的な風景などといって牛車を引いている水牛も日本には元々いない動物で、わざわざ東南アジアから連れてきているものです。

 

このような事情を個別に書けばそれぞれが論文になってしまいますので鮎だけにいたしますが、琵琶湖などから連れてきた陸封型・淡水系の鮎は放流してもかなりの割合で海で死にます。塩分耐性がなさすぎるのです。そこで人間の浅はかさで、海の鮎と交雑してもらおうと考えた。琵琶湖の鮎などを各地の河川に離し(この時点で人為的に生態系を壊しているのですが)、その地域の土着の鮎、海を知っている鮎と混ざれば資源も回復すると思ったのですが、結果は真逆。淡水系の鮎の特性を半分受け継いだため、塩分耐性があった鮎たちも海で死ぬようになってしまったのです。こうなると、もう挽回する方法はありません。遺伝子を汚染し、本来、海水で死ぬはずのなかった鮎たちをむざむざと魚のプロであるところの漁業関係者や環境保護団体が水系の魚を殺したのです。あとは毎年、琵琶湖の鮎か、海の鮎を買うしかありません。そうやって鮎を残したところで、もはやその水系は本来の形ではないわけです。また、琵琶湖の鮎特有の病気や性質が発生したとき、汚染された鮎たちが一斉に死に絶える可能性もあるのです。事実、1990年代に冷水病という病気が問題になり、現在も特定の病原菌を保菌した鮎が放流された結果、水系に問題が起きている例がございます。さらに元も子もない話なのですが、一部では鮎の放流と漁獲量には相関性がなく、完全に無駄である、地域の漁協が補助金を食い物にするための詭弁であるとする水産資源研究者もおります。書いていて嫌になるのですが、我々人間は、どこまでも度し難い生き物のようです。

 

まだまだ事の本質に迫れたとは思いません。同時に色々なものへの怒りも収まりきりません。しかしながら、どれだけ言葉を並べても行動がなければ何事も変わりませんから、ここで一度筆を置くことにします。ここまで述べてもブラックバスが環境を壊しているというのであれば、止めません。そういう側面が一切ないとはいえませんから。ですが、ブラックバス憎しで凝り固まるのではなく、もっと広く視野をとり、最終的な目的地を見定めたうえで、いま我々がしなければならないことを考えることが真のゴールであると私は確信しています。その過程でブラックバスを根絶するというのであれば、これも私は止めません。ただ、一時の無知からくる感情や個人的正義、経済性といったものに頼る今の環境保護では、すべての種が汚染されるか、絶滅してしまいかねないことを忘れてはいけません。保護論者も、アングラーも、水系とはまったくの無関係だと思っている方も、今一度、この国の自然がどうあるべきか考えるきっかけになれば幸いに思います。

もし、これらの考えにご賛同いただけるなら、多くの方の目に触れ、周知されますよう、少しだけご協力いただけませんでしょうか。あなたのできる範囲で拡散いただくだけで結構です。ぜひ、お願い申し上げます。

 

2015年7月某日

−20年前にくらべ、ブラックバスすら減った水系を想いながら

                            (雨龍義基)

 

環境保護で満たされる心についての追記

環境保護の名目でバスを殺すこととは反対に、命を守ることで満たされようとするエゴについてみなさんに知ってもらいたく、改めて筆をとります。バスを殺せば「いいことをした」と満たされる人がいることはみなさんもご存知のとおりです。一方、環境保護の名目で行われる個体減少の危機や絶滅危惧種の放流会、例えばウミガメなどを放すというイベントがあったりしますよね。これも豊かな自然を守っているとして、大変意義のあることだと心が満たされる人が多いようです。

 

しかしながら、すでに述べましたように、その水系にいないものを連れてきて放すのは生態系の破壊でしかありませんし、ウミガメのように人間がわざわざ卵を掘り返し、人工ふ化して送り出すというのは環境の保護として正しいことなのかとも思うわけです。人工孵化させられた個体の生存率、定着率の悪さは知られているところでありますし、この人工ふ化と放流の間には観光資源としての活用という「経済」の事情が割って入ります。ウミガメはふ化したその日に海へ行かなければならない生き物です。地上に出た瞬間に一秒でもはやく安全な場所へ隠れるべく、最も生存本能を発揮するように設定されているためです。これをふ化後数日、数週間も置いて「放流イベント」のためにとっておくようなことが本当の環境保護なのか、そして正義や倫理を語る人間がやって許されるのかと思うのです。

 

使用済みのわりばしを集めるより、間伐材や木材チップ、おがくずの有効活用をした方がずっと環境保護になる。プルトップやペットボトルのキャップを集めるより、金属ゴミを分別する方がはるかに効率がいい。でも、正しく認識されることはありません。人間は「経済」に加えて、「いいことをしている」という雰囲気が大好きだからです。「いいことをしている感」は、あらゆる行為の免罪符になりうる劇薬的感情です。もう一度、様々な活動を見直し、我々釣り人が正しい環境保護とはなにか見出していく必要があるように思います。

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