金持ちになる方法はあるけれど、金持ちになって君はどうするの?
ホリエモンの仮出所後第1弾として世に放たれた本作。排泄物を下水で煮たような性格は残念ながら豚箱でも草津の湯でも治せないようだ。ビジネスチャンスに想いを巡らすのは結構だが、人の道に外れて得た金と名声を使って商売をしてはいけない。というと、頭が固いと思うだろうか。少しそんな話をしてみたい。
東大生の2割は発達障害
まことしやかに語られるが、統計的、学術的に研究されたことではないし、されたとしても学閥の力でもみ消されるのではないか。考えすぎか。高学歴の人間の中には、明らかに欠陥を持っている人間は少なからずいるという事実は皆さまもご存じの通り。バランスがぶっ壊れた結果、特定の分野にだけ滅法強い人間がいることは厳然たる事実。かくいう私も障害の診断をいただいておりまして、特定の科目「だけ」全国で20位だったこともあります。いわゆる先述のイカレ野郎の1人です。
人の心が理解できない、罪の意識がない、過剰な自尊心を抱いている、その他諸々。こうしたイカレ野郎が世の中を変えることはあるものの、市井の多くの方々にとって、ルールの破壊者は迷惑者でしかない。ましてや相手は経済犯罪者。それに対して心酔し、平身低頭する者がいるということがさっぱり理解できない。罪を犯そうとも、世の中がよくなるなら少々の被害や歪みは看過されるべきだという大局を見た物言いをされたりもするが、これもどうにも受け入れられない。
たとえば、Aという小国がある。Aは人口100人だが大量に資産や資源を抱えている。一方でBという大国がある。人口は10万と多いが、国民は貧困にあえいでいる。なので、10万人をしあわせにするために、Aを滅ぼそう。100人程度殺しても、10万人がしあわせになるなら差し引きすれば後者の方がいいし、お金も資源も大国の方が上手くまわしていけるからAは滅びて仕方ないし、滅びるべきだ。
というのか。将来いいことをするためにお金が必要なので、悪事を働いたり、死人が出ても仕方がないというのか。そうだというならこの考えに賛同する人間は、この瞬間暴漢に殺されようとも「将来多くの人をしあわせにするためだから」といわれれば、ニッコリ笑顔で死なねばなるまい。
私は絶対に嫌だ。生き死には別段どうとも思わないが、こんなことを吐く輩に命を取られるのだけは我慢がならない。なぜなら、世のため人のために生くるは私自身だと信じているからだ。本当に世の中のためになることをするかどうかわからない他人より、目の前で困っている人を私自身が助けたい。非効率上等。大局的に見ていなくて結構。人生の手綱を誰かに預けてなるものか。こんなに楽しくやりがいがあることを他人に任せるなんてとんでもない。
著者の堀江氏に傾倒する人間を見ていると、とにかく金が欲しいという人間の多さにうんざりとする。悪どいことをすれば、そこまでせずともこの人を参考にすれば、安易に金が手に入ると考えているのが透けて見える。堀江氏は冒頭に書いた通りの人格だが、金を集める力はあった。イカレ野郎の特性が金儲けに働いたに過ぎない。その特性もなく、小手先や聞きかじりのノウハウで、一攫千金と考えている人間の浅ましさ。この世の餓鬼道を見たといった印象で、お金というものは(労力や物品、ときにお金を)与えることで得られる感謝の対価だと信じる私からすれば、見ることも躊躇われる堀江氏への相談内容の数々……。
自身がお金に執着していると思ったら、冷静になるために一度読んでみてもいいかもしれない一冊、ということにしておきましょう。
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金持ちになる方法はあるけれど、金持ちになって君はどうするの? [ 堀江貴文 ]
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